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新しい時代の足音
弁護士 鳥 飼 重 和
 最近の立法・行政・司法を見ていると、基本的な価値観が大きく転換している観がある。経済面でいえば、従来の価値観は、企業の保護を消費者・投資家等国民の保護に優先させていた。ところが、最近では、両者の利益バランスを考慮するか、あるいは、消費者・投資家等国民の保護を企業の保護を優先させているものが増えている。

 ここでは、立法における変化だけを取り上げる。今年施行された個人情報保護法は、個人情報を、企業側から見て、「宝の山」から「リスクの塊」に変えた。これは、個人情報と一体化した存在である国民の人権の保護を重視した立法である。

 平成18年4月に施行される公益通報者保護法は、400種類以上の刑罰法規の違反に関する内部通報に対し、会社が不利益を与えてはいけないことを要請する。従来の日本の会社では、会社の利益のために刑罰法規違反をした者を保護し、むしろ、それを摘発しようとする従業員を排除する傾向があった。このムラ社会的組織を崩壊させる論理を公益通報者保護法は持っている。

 預金者保護法が平成18年2月に施行になる。この法律も、金融機関という企業よりも、預金者という国民の保護を優先する。カードの盗難・偽造では、最も悪いのは窃盗や偽造したカードで預金を引出した者である。その意味で、カード保有者である預金者と金融機関は、無責であることが多い。その無責の預金者と金融機関とのいずれに損害を負担させるのが公平か。従来は民法478条の適用により、預金者に損害を負担させた。しかし、今後は、預金者保護法で金融機関に損害を負担させることになる。

 以上のほかにも、従来の価値観を転換する立法が目白押しである。さらに、行政サイドも事後監督機能を重視するようになるとともに、金融庁のように投資家という国民サイドからの行政を行う姿勢が色濃くなりつつある。そうだとすれば、基本的には、立法と行政とでつくり上げる法秩序を維持する役割を果たす司法の価値観も、企業のよりも消費者・投資家等の国民の保護を優先するようになる可能性が高い。

 そうすると、従来の裁判常識が転換する可能性がでてくる。たとえば、従来、製造物責任訴訟では、訴訟の勝敗を決める証拠が被告会社にあるにもかかわらず、裁判実務では、立証責任については証拠を持たない原告に負担させ、その上、証拠提出命令を出すことをほとんどしなかった。これでは、製造物責任訴訟をすることを裁判所は拒否しているに等しい。
 そのため、製造物責任訴訟は著しく少ない。

 しかし、司法の価値観が被害者である国民側の保護を重視すると、従来の考え方を裁判所は大きく転換する可能性が高くなる。立証責任を事実上被告会社側に転換したり、民事訴訟法の原則を忠実に守って、証拠提出命令をどんどん発する可能性が出てくる。しかも、公益通報者保護法の保護の下で、従業員の行政機関に対する内部通報を原告側で利用できる可能性も高まる。

 そうなると、製造物責任追及訴訟で原告が勝訴する確率が高くなり、その結果、当該訴訟数が増加ずることになる。さらに、訴訟数の増加が被害者原告の勝訴率を向上させ、これが訴訟数の増加を促す。このような循環が起こる可能性がある。

 新しい時代の足音が聞こえる。
 
 

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