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第2回 山田璋先生の記事に接して
     山田璋先生の記事に接して
文責 小林剛
 
 先日、週間法律新聞・平成14年11月15日号8頁の故山田璋先生の記事を読みました。山田璋先生はまさに「清友会の源流」とも言うべき大先輩で、昭和36年には第二東京弁護士会会長もされた先生です。
 この記事は、月刊「法曹界」昭和39年6月号に掲載された「法曹公論社主催法曹一元問題懇談会」という懇談会における発言を抜粋したものです。私などまだまだ生まれてもいないころの古い記事でありながら、現在の司法改革にもつながる基本精神を述べられております。当時、昭和37年9月1日に臨時司法制度調査会が設けられて、昭和39年5月8日には意見書を発表されましたが、その内容は、「法曹一元制度の実現を阻み司法の民主化のために由々しい結果を招来するもの」(日弁連第18回定期総会)であったようです。
 少し長くなりますが、山田璋先生の発言を引いてみたいと思います。


(山田璋先生)
 これは、十二月号の「自由と正義」に斉藤一好先生がお書きになったものでありますね。私は、あれに大変共鳴を致しておるのでありますが、ただいま長野先生のお話でも、「法曹一元ということで決議を採ると、必ず負けるに違いない」と言われたのですが、「法曹一元」という何も言葉にこだわることはないと思うのでありますね。
 それは、斉藤先生も出されておりますが、それの元になる、つまり、憲法上の要請があると思うのです。憲法の、つまり、前文に「国政は国民の厳粛な信託による」ということがございますね。
 立法、行政は、その要請に従って改革されたのでありますが、司法の方は、旧態依然として、この要請にこたえているかどうか。ちっともこたえていないと思うのですね。
 これも斉藤先生がご指摘になっておりますが、昭和の十年ごろでありますが、衆議院でもって、既に法曹一元のことが決議になったということ、その理由に一つは、つまり実情に合致する判決を希望するということ。それから法の尊厳でございますか。この法の尊厳ということは、当時は天皇の名による裁判でありますから、法の尊厳ということが、大変合うのでありますが、それを今日読み直せば、取りも直さず、国民の厳粛な信託にこたえる裁判ということになるのだ、と思うのです。
 法曹一元なんて言葉にとらわれるから、裁判官あたりが、かれこれ言われますけれども、この要請から持って行けば、誰も反対すべき理由はないのです。
だから、司法制度調査会が、一応結論を出して「ああ、これで、もう問題が今日片付いた。清々した」というふうに思われるならば、これは大変な間違いである。
 広島の総会でもって、理事者側が説明されたごとく、「こういうふうに決議があったから、これで継続のことは考えないのだ」というお答えでありましたが、この問題からいけば、問題は決して終結することはないのでありますね。
 だから、そういう決議によって、二年間の生命しかないところの調査会の審議がご終局になるならば、直ちに、それに応ずるところの措置をとらなければならないと思う。
 大体、昭和十年から今までたちましても、もう三十年になんなんとする年月を経て、そうして、憲法の要請が、かくのごとく改正されたにもかかわらず、なお、一つも前進していないということは、本当に、ことに在野法曹の怠慢だと思うのであります。
 そういうことから、私は発言したのでありまして、したがって、司法制度調査会におかれましても、二ヵ年という施行法の年限が終わるから、これはやむを得ませんが、そうして、そういう決議を得られましたことは、さっき言われたように一歩前進していることになります。望ましい制度だというのでありますから、それで、基盤の培養、しからば、その基盤をいかに培養していくかというようなことについて、直ちに、われわれはもとよりでありますが、調査会そのものも一つ、そのことをお考えになって、そして、最後には、そのことを、つまり、ご示唆になっておしまいになることが適当だ。
 そうすると、私どもがこれを受けて、さらに調査会の結論に従いまして、憲法の要請にこたえるものを行動していく、ということになっていくのではないかと、こう思うのであります。それだけ述べまして終わります。
 ちょっと、もう一つ付けさせて頂きたい。そのことは、世論とも手を結んでいかなければならない。
 先ほどから、大変問題になっております新聞のうちで、「朝日新聞」の社説というのは、三十九年六月八日の社説でありますが、この最後の文句にも「結論としては、漸進主義を認めざるを得ないが、司法制度調査会は、現状改善について思い切った施策を打ち出すべきであろう」と書いてありますね。
 これを無視してはいかんと思うのです。常に、やはり世論と手を結んで、そうして、司法制度調査会も、これに、やっぱり反省を加えていかなくてはいけないと思うのです。それを要望致す次第であります。


 司法制度調査会による昭和39年5月8日の意見書に対して、日弁連は、昭和42年5月の第18回定期総会で批判書を発表しています。その基本姿勢として、「司法の民主化」、つまり、「民主国家における司法は、国民のものであり、国民の叡智と良識を代表するものでなければならない。」という理念をうたい、「この批判書において、現行のキャリア制度に対する厳しい批判と共に、法曹一元制度の担い手である弁護士自身の資質を一層向上させ、かつ弁護士会の組織を近代化し、これを強化する意思を有し、かつこの目的に向って真剣な努力を重ねていることを明らかにしたのであります」と提案理由を締めくくっています(日弁連ホームページ参照)。

 現在の司法制度改革も具体的な立法を検討する段階に至っています。裁判員制度など「司法を国民の手に」するために、山田璋先生の理念に恥じないような制度を作らねばと襟首を正さなければならない思いをしたところです。

※なお、山田璋先生に関しては、鹿野琢見先生の事務所訪問記にも言及されているので、そちらもご参照下さい。

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